クリニックの理念とクレドとはほぼ同じ意味で使用する言葉で、僕が医療を実践する中で最も大事なもののことです。
大事にしているものはいくつもありますが、その中でも直感的に最も優先したいものとして「患者を断らないこと」と「やりがいと成長のある職場であること」が挙げられます。これに優る優先事項はありません。他の何を捨てても、この2つを守りたい。これが守れないようならもうこのクリニックを続ける意味がないとさえ思っています。
クリニックは、外の患者さんと、内の医療者その他のスタッフを繋ぎ合わせる箱だと考えています。
その外向きの最優先事項は、困っている患者さんを断らないこと。困っている人や具合の悪い人はもちろん、体調が悪くない人であっても、体や心の悩みや困りごとを持ってうちのクリニックにやってきます。その人たちを入り口で追い返してしまうこと、診察室でうちでは診られないといって断ってしまうこと、いかなる理由であっても患者さんを放り出す行為を見るたびに心が痛みます。
なぜ患者さんを断ってしまうのでしょうか。時間外だから、お金がないから、保険証がないから、専門の先生がいないから、検査器具がないから、取り扱いがないから、など理由は様々です。その様々な理由をひとつひとつ検証して、患者さんをできるだけ断ることがないように診療範囲を広げ、診療時間を広げ、受け入れや診療のルールを作ってきました。
ビジネスクリニックのスタイルは便利さの追求だけではなく、何でも対応することで患者さんを断らないようにしたいという想いを具現化しているものでもあるのです。これはプライマリケアの5原則として、世界中の医療現場で尊重されている考え方です。
ルールは守るべきなのは重々承知していますが、例え受付時間が過ぎていようが、身分証や保険証を持っていなくても、クリニックを頼って来てくれた患者さんには何かしらの手助けをしてあげたい。その場で100%解決しなくても良い。応急処置や最低限の説明をして翌日の受診を促しても良いし、他の病院を探して教えてあげるだけでも患者さんの心が救われるでしょう。そういう想いをみんなにも心の奥底には持ちながら日々の業務に取り組んで欲しい。3年前の開院当時は、閉院後の夜10時にも残業をしているとドアを叩いてくる人がいて、中に入れて診察をしたりしていました。今でも自分の目の前で患者さんが残念な顔をしながらクリニックを出ていく姿を見ると、追いかけて引き止めてしまいたい気持ちになります。
私は患者さんを一人も断わらない病院で医師としての働き始めてその志を教え込まれ、その後も離島で自分しか医者がいない世界で暮らしていました。食事中でもトイレの中にもお風呂の中にも急患用携帯を持ち込んで、文字通り24時間365日を患者さんとともに生活していました。飲み会や島の祭りの打ち上げでも、ビール1缶までと決めてそれ以上飲むことはありませんでしたし、離島診療所から徒歩または車で15分以上の範囲には出ないように行動範囲も自制していました。釣りによく誘われましたが、港は携帯の電波が入らないので行けません。きれいな海で泳ぐことも、携帯に気づかないので当然しませんでした。
そこでの3年間は精神的にもきついものでしたが、医療の本質は今でもその姿勢そのものだと思っていますし、心の奥底にある判断の軸は今も変わっていません。このことを本質的にスタッフ全員が理解し、自ら判断できるようになることがあれば、もう日本一の医療機関と言えるでしょう。患者さんを断らずに受け入れるということは、それだけ大きなことに取り組んでいるということです。
私たちの人生において仕事とは何か、何のために仕事をするのか、この問いはいつの時代も普遍的で永遠のテーマとされています。
職場の存在意義とは、生活の糧を得る場、プライドや社会的な存在価値を見出す場、そして人脈形成の場の3つである、とは私の好きな作家の村上龍氏の言葉です。少し掘り下げて考えてみましょう。
1つ目の生活の糧を得る、とは労働の対価として得られる報酬のことです。人は誰でも豊かでゆとりのある生活を求め、そのために一所懸命仕事に励み、得られた価値材を消費しあるいは貯蓄し、幸福な人生を形作っていきます。
2つ目のプライドや社会的な存在価値を見いだす場、とは仕事のやりがいや自分の成長、社会的な地位、あるいは名声や権力といったものを指しています。これは私たちの組織が最も大事にしているものの1つで、常に新しいものにチャレンジし、これまでにない価値を創造する姿勢、その源泉となっている考え方です。私たちの組織に所属する誰もがこのことを常に意識し、現状に満足せず進化を止めずにあって欲しいと考えています。それが組織と自分自身にとってより幸せになることにつながるという信念があるからです。
3つ目は人材形成の場についてですが、私は組織に所属する全てのメンバーのことを家族同然に大事に思っていますし、みんなにもそういう思いでいてもらえるならそれほど嬉しいことはありません。これは私の医師人生で初めての病院が、野球部の合宿所のような病院で5年間を同僚や先輩後輩たちと一緒に院内に寝泊まりしながら研修生活に日々没頭していた経験に由来しているのかもしれません。その当時の仲間とは今でも強く深い絆で結ばれていて、同じ価値観を共有できる、人生の友だと思っています。
医療現場において、その競争優位性すなわち商品力はそこで働く人の人間力そのものです。働くみんなが楽しく幸せでなければ、良い医療が提供されるはずがありません。私たちがいかにやりがいと成長をもって日々の診療に取り組めるかが、私たちのクリニックのレベルそのものとなるのです。みんなのモチベーションやスキルをあげることは何でも取り組みたいと思っていますし、費用も惜しみません。私が普段みんなと世間話をしていて、同僚同士で遊びに行った、ご飯を食べに行ったという職場外でのメンバー同士の交流の話を聞けたときが一番嬉しい瞬間です。この職場を中心に人脈が広がっていることを聞けただけで、このクリニックを始めて良かったといつも感じます。まだまだ創り始めたばかりですが、この想いをみんなが同じように持つことができれば、日本一働きたい職場にすることも夢ではないはず、そう本気で信じています。
私たちの組織に所属する全ての人に仕事のやりがいと成長の喜びを感じ、社会で活躍してもらいたい。これは何よりも優先される事項で、そのためにはいかなる労力や代償も厭いません。
(各タイトルをクリックすると詳細な内容が表示されます。)
日本の医療現場は2020年9月現在でも非効率の塊です。システム化が進まず、手書きの書類ばかり、確認作業の繰り返しで、実を伴わない形式的な業務が多い。純粋な医療行為以外の部分での規則また規則で、縛りでがんじがらめ、医療者が本来の能力を全く活かしきれていません。
小学生の頃、神奈川でサッカーの名門チームでプレイしていましたが、大雨の後の水たまりだらけのグラウンドで大会初戦、いつもは勝てる相手に0-4で大敗しました。今でも他の病院や診療所で診療をすると、なぜかそのときのことを思い出します。紙のカルテに同じことを20回も30回も書いたり、1人の診察で5枚も6枚も書く無意味な書類を目の前にして、雨の後のぬかるんだ地面で足を取られながら思うように走れず、ボールもろくに転がらないサッカーの試合の嫌な記憶が蘇るのです。医療の現場でも、自分はもっと実力あるのになと悔しい気持ちにさえなるのです。
ある医療の質の研究データでは、医者が患者さん一人の診察に10分かけるとき、実際に患者さんと一緒にいる時間はわずか4分で、残りの6分はカルテ記入やオーダーなどの事務作業に使用されていることが分かりました。これをシステム改革により30秒にしたい。すると5分30秒が新たに生まれます。看護師問診による分業を進めるとさらに2分30秒が新たに生まれる。10分間のうち、8分を患者さんのために自由に使えるのです。正確な検査や処置にゆとりある時間が重要なことは当然のことです。医師と患者さんとの間で診断や治療方針の説明に使える時間を2倍にすることもできます。患者さんが望めば待ち時間を減らすことにも使えます。そして何より医療者の業務ストレスが大きく軽減されます。研修医の頃、救急センターで待っている患者さんをどんどん診たいけど、診察しても書いていないカルテを沢山ためてしまい、手書きの記載カルテが膨大に残って気が滅入った当直の毎日がありました。その負の経験を今もバネにして、無駄な書類や確認作業を1つでも減らすことに人生をかけて日々本気で取り組んでいます。
真に快適でストレスのない医療現場を追求したい。それが医療者の生産性を上げることのみならず、不必要なストレスを減らして診療へのモチベーションを上げ、組織力の向上に大きく貢献するに違いありません。少なくとも私は快適な医療現場で働きたい。無駄な書類や入力作業がなく存分に能力を発揮しやすい職場には、有能で志ある医者が集まります。分業とシステム化を徹底的に進めることで、医療者の能力を存分に活かし、きれいに整えられた芝のグラウンドでサッカー選手に走り回ってもらいたいのです。
先程の話ですが、大会最終日に初日に大敗したあの相手と再度トーナメント決勝戦で対峙しました。決勝の整備されたグラウンドで、7-0で圧勝し大会優勝を飾りました。
質の高いサービスとは何か。
これは業界によって異なります。飲食店や食品会社では安全で美味しいものを消費者に届けることを追求しているでしょうし、ホテルや観光業では丁寧な接客と一度きりの感動体験を提供できることを日々考えていると思います。
では、医療者が追求すべき質の高い医療とは何か。
その答えは「患者さんへいついかなる状況でも標準化(=適切な治療方法が統一して確立されていること)された医療を提供する」ことです。
これは全世界共通で、昔から変わらない医療の原則論です。医療政策や医療保険制度もこの原則を元に構築されています。
私の愛聴番組カンブリア宮殿で、ラーメンチェーン日高屋の創業者社長が「もっと美味しいものを作ることもできるが、どの店でも最低限同じ味になるように、個性は出さずこのくらいにしている」と話していて、なるほどと思いました。
医療の質とは、神の手や天才的な頭脳を持つな限られた人材による特別なものではありません。標準的で均質な医療水準の上に、個別に適正化された医療者個々の特性が存在します。これは患者さんへのカスタマイズされた医療の話ではなく、提供すべき医療そのものの話です。
100人の同じ病気の患者さんに対して、対応する医療者がバラバラの治療を行っていてはどうなるでしょうか。最適な治療方法がわかっているにも関わらず、適切な治療が提供された運の良い50人と、不運にも適切な治療を受けられず当然ながら治療がうまくいかない50人が出てきてしまいます。担当となる医療者によって治療成績の良し悪しが変わることは、医療の質の低さを意味し、その原因は提供する医療が標準化されていないことにあります。100人の同じ病気の患者さんには、最も確実で信頼性の高い治療が100人全員に等しく提供されて、1人でも多くの人の治療がうまくいくべきです。標準的な医療がベースにあって初めて、その上に医療者や患者個々のオリジナリティが意味を持つのです。この順序が逆になることはありえません。
これを実現するために必要なものが、EBM(実根拠に基づいた医療:Evidence Based Medicine)です。医師がよくエビデンスがあるとかないとか言っているのはこのことで、本来医療はこの薬を使用したらどうなるのか結果がわかっている(=エビデンスがある)もののみで治療をすることが理想です。私が普段よりシステム開発やデータ分析に膨大な時間と労力をつぎ込んでいるのは、何より医療の標準化をデータ情報から追求していることに他なりません。私たち医療者は世界中の医学情報を常に読んで聞いて覚えて、一番効果の高いと分かっている方法に次々に切り替えを行っていくことが職務上の責務です。医学を目指したその日から、一生勉強し続けなければならないことを覚悟しています。
新型コロナウイルスの流行により自由に旅ができなくなって早2年となります。私の学生時代の趣味は一人旅でした。医学部の短い夏休みや試験休みを無理やり使って、バックパッカーでアジアや中東などの辺鄙な町や村を転々とし1ヶ月過ごすのです。特に大きな乗換駅(ターミナルステーション)では、その国のあちこちへ向かう長距離列車が集まり、どれに乗って旅立とうかとワクワクした気持ちが今でも忘れられません。
人生はしばしば旅に例えられます。乗り換え列車の旅のように、人は色々な列車に乗り換えながら、人と出会い、成長し、喜びや幸せを感じ人生を歩んでいきます。VISIONにあるプラットフォームという言葉は、共通基盤と直訳されますが、多くの人が人生のキャリアやスキルを一段一段登っていくための”足場”のことを意味しています。若く有能な人たちが社会で活躍するための土台になりたい。この想いは東京ビジネスクリニックを始めた大きな理由の一つです。
発端となった経験を話しましょう。私が医師5年目で赴任した沖縄の離島診療所では、人生でかけがえのない経験が数え切れないほどありましたが、離島勤務が終わった後、その経験を生かして継続できるキャリアパスがありませんでした。当時、多くのプライマリケアの先輩方が同じ悩みを抱えており、残念なことにそのほとんどの医師がプライマリケアの経歴を外れ、出身地や生活に便利な都会での職場を求めて内科や小児科などの専科へ転科していきました。医師として最も重要な若手時代にプライマリケアにどんなに真剣に打ち込んできても、その先にキャリアを十分に活かせる場所が日本にはありませんでした。プライマリケア自体が日本では新しい概念で、特に都会においては、まだ真の意味でそれを実践している医療機関はいくら探しても見当たりません。
患者医師関係の構築がしやすく地域にこの枠組が馴染みやすい郊外の住宅地や僻地が、これまでプライマリケアのメインフィールドとされてきました。しかし都会でもプライマリケアを実践したい。必ず必要とされるプライマリケアは都会にもあるに違いない。プライマリケアの志を持つ多くの医療者が、その道を諦めることなく、出身地や都会でも活躍できるような場所を創り上げたい。それがキャリアアップのプラットフォーム(活躍できる舞台)という考え方なのです。
企業や病院、医療者、研究者、学者たちが集まり、切磋琢磨して成長し、みんなのエネルギーとアイデアが混ざりあって新しいものが生まれ(Clinical Innovation=クリノヴェイション)、そのような新しいものを作り出す精神(Entrepreneurship)に溢れた組織を目指し、東京ビジネスクリニックがそのプラットフォームになるべく、現在も多くの優れた人材が集まりまた旅立っていく場として存在しています。
活躍の場はTBC内であっても、その外であっても良い。TBC内にいることがスキルアップやキャリアを最大限伸ばすことに繋がるのであればいつまでもいてもらいたいし、他の魅力ある職場、留学や学位取得などのキャリアパスが見つかればそれに向けての準備は全面的に応援しています。関わる期間は短くても長くても、短縮しても延長しても構いません。留学や新生活の資金確保の目的での勤務であっても、人との出会いや情報交換の場としてでも、ベンチャー企業立ち上げの実験の場であっても、そして医療者でなくても接客行や医療事務の専門家としてでも、スタッフ各々の人生のフェーズによってTBCへの関わり方が異なって構わない。いつ入ってきても、いつ旅立っても構わない。そういった、志の高い人たちが気軽に集まれるコミュニティ、人生の行く先を俯瞰できる宿り木のような場になりたいと願っています。
新しいことしかしないチャレンジ精神を追求する
医療業界は古い慣習の塊である、とよく言われます。 なぜ医療業界は新しいことが起きにくいのでしょうか。医療現場において一番大事なのは患者さんの安全であり、これは世界中どこでも共通していることです。また医学の父と言われているヒポクラテスによれば、医療行為によって患者さんに絶対に被害を与えてはならないというDo No Harmの原則があります。医療業界はこうした安全や信頼を重視しすぎるがあまり、新しいものにチャレンジするリスクを嫌い、慣れていて経験の多いものに固執し変化を嫌う、いわゆる保守的な考え方が主流となってしまっているのかもしれません。
私が沖縄県で救急医療5年と離島医療3年を終えて生まれ故郷の八王子に帰ろうとしているとき、これまでずっとやってきたような断らない救急と誰でも何でも診るプライマリケアを実践できる医療機関でこれからも働きたいと考え、都内と周辺を広く探しましたが当時そのような地域の砦となる医療機関は都会には見当たらず、参考となる施設さえありませんでした。
東京では未だに専門医志向が医療者と患者の両者ともに強く、院長先生の過去の専門性を軸とした住宅型のかかりつけ医か、県をまたいで少し郊外へ出れば家庭医療クリニックや訪問診療クリニックが散見されましたが慢性疾患に特化しており、沖縄での経験を顧みるとそれを超える経験や貢献ができるようには思えませんでした。穏やかな慢性期外来や在宅を基本としつつ、急性期の初療をも包括した理想の都会型プライマリケアが他にないなら、自分でゼロから創り上げるしかないと考え、同僚の勧めで慶應ビジネススクール(KBS)に2年間通い、医師としての人生が一変します。
入学当時、私は医療業界が抱える社会的な課題を自分の中に沢山溜め込んでいました。問題が色々あることはこれまでの現場経験で嫌というほど分かっていましたが、それを解決する方法を何一つ知りませんでした。医療現場の問題をつい医療政策のせいにしてしまう人は多いのですが、実は医療現場と地域のマネジメントにそのほとんどの解決法があるのです。KBSではマネジメントの学問を習得することで、正にやりたいことを具現化するための方法論や手段を沢山手に入れることができました。そして世の中を変えるインパクトのある事業を起こすアントレプレナー精神を持つべきであると日々叩き込まれました。恩師より在学中に、都会の働く若い世代へのセルフケアと予防医療の提供こそが今日の日本の医療課題の最たるものであることを指摘されました。アブセンティズムとプレゼンティズムの概念もそこで学びました。こうした課題志向型の学びの中で都会型プライマリケアの具体的なスタイルとして、ビジネスクリニック構想を1年かけて練り上げ、これが今でも組織Missionの骨格を支えています。
構想の蜂起から現在に至るまで、根幹を支えているのは”チャレンジ精神の青い炎”です。思いついて刹那に燃え上がる赤い炎では大成はできません。世の中には自分よりも頭の良い人、追いつくことのできない優れた同僚や先輩、比較にもならない影響力の大きな組織が無数にあり、自分が他と同じことをしても大海の一滴にすぎません。それならばまだ未開拓のジャングルを突き進み、険しい中に小さな小道でも作ることができれば、そしてその小道を後から進んできてくれる人がいれば、それは新しい第一歩として世の中への大きな貢献となるはずです。世の中にないものを創る、他にやる人がいないものをやる、それこそが組織と社会の価値を最大に高める最高の投資だと信じています。
(各タイトルをクリックすると詳細な内容が表示されます。)
ビジネスクリニックモデルとは、都会でプライマリケアを実践する際に求められるものを体系化した概念です。
初めに骨格として以下5つの柱を設定しました。私たちが日々取り組むべき医療範囲はこの5つに基づきます。
いずれもプライマリケアの5つの理念を含みます
近接性とは、通いやすさのことです。プライマリケアのクリニックはまず第一に通いやすいことが重要です。通いやすさとは、地理的、経済的、時間的、精神的、この4つの要素に分かれます。特にビジネス街におけるニーズとしては場所と時間に対する要求度が非常に高いことが予想されます。よってビジネスクリニックの近接性における重要な要素として立ち寄りやすい場所にあること、待たずにいつでも気軽に受診できることこの2つが重要です。
次に理念の2つ目の包括性についてですが、これはビジネスクリニックの大事にしている、何でも誰でも診ると言う言葉の通り、予防から治療まで、子供から老人まで、全身を、診療科の垣根なく幅広く診療することです。何でも相談してほしいというコンビニクリニックの根源にはこの包括性の理念が横たわっています。
3つ目の協調性ですが、これは私たちのようなプライマリケアの医療機関と専門医との連携、あるいは医師と看護師の能力を最大限に生かすための分業、別の視点からは地域の重要なプレイヤーとの協調、これはビジネス街においては企業との協力と言うことになります。さらに社会的資源として鉄道などのインフラや、クリニックが入る館との協力体制も重要な要素です。
4つ目の継続性。これはビジネス街におけるかかりつけ医として、病気の時も健康な時も一貫して関わっていくという意味です。人にはバイオリズムがありますので、仕事が順調な時もあれば体調を崩して生活そのものが悪循環となっているようなときもあります。季節によっては感染症が蔓延することもあれば、社会の調子が良く海外にどんどん出ようというような前向きなフェーズもあります。良い時も悪い時もどんなときでもそこで働く人たちの健康サポートしていける、継続的な関わり方ができるクリニックであるべきだと考えています。
最後の5つ目は責任性です。これは医学の本筋から外れることなく、エビデンス・ベースド・メディスン、根拠がある世界的に標準化された医療を頑なに守り実践することです。医療は個性を以て提供すべきではなく、科学的な根拠に基づいた標準的で均質なものを常に提供することがそのあるべき姿です。そのために医療者の教育と研鑽、患者への説明、これを一時も怠る事は許されません。
(各タイトルをクリックすると詳細な内容が表示されます。)
以上の5つのプライマリケアの理念を基本として、これをビジネス街におけるプライマリケアに落とし込むとどうなるのか。それを開業前の2年間で考え続けました。結論として以下に示す5つの柱が都会型のプライマリケアクリニックとしてのあるべき姿であり、この5つの柱を総称して「ビジネスクリニック構想」と呼ぶことにしました。
普段元気だが治療すべき持病があるビジネスパーソンのかかりつけ医
その名の通りビジネス街においてもかかりつけ医は必要です。
ビジネス街で働く人たちの特徴として、知識階層が多く医療へのリテラシーが高いこと、また別の視点ですが労働生産性が非常に高い人たちであると言う2つの特徴があります。
医療へのリテラシーが高い患者に対して行うべき事は患者教育と適切な情報の提供、また受診にかかるコストやハードルを限りなく下げることが重要です。標準化された適切な医療を提供し、その根拠をきちんと説明することで、彼らはセルフケアが可能です。セルフケアができるビジネス街の人たち、これがビジネスクリニックのコアとなるターゲットだと考えています。医療へのリテラシーが高い人が集まるビジネス街においては、手取り足取りその患者の生活を指導することは求められず、冗長な説明も嫌われます。論理的で要点を得た説明と治療内容が評価されます。そして時間的な要求も高く、このどちらかが欠けるだけで通院コンプライアンスは著しく低下します。一般の住宅地型のクリニックとは重視すべき点が全く異なるとこと、これを念頭に置いて日々の診療に取り組まなければなりません。
そして次に、極めて労働生産性の高い人たちに医療を提供しているということも、決して忘れてはいけないことです。アメリカで最近議論の的となっているアブセンティズムとプレゼンティズムと言う考え方があります。アブセンティズムは言葉の通りわかりやすく労働生産性の高い人が仕事を休んだ場合にその会社やひいては社会が被る経済的損失のことを指します。例えば、月収200万円のビジネスパーソンが1週間仕事休むとその企業と社会は50万円の損失を被ります。しかし見逃されやすいのがプレゼンティズムの概念です。プレゼンティズムとは出社して仕事をしているものの、何かしらの体調不良があり平時よりパフォーマンスが落ちている人たちのことを指します。例えば咳が止まらなくて仕事にならない人、花粉症の時期にティッシュ箱を抱えながら集中できずに漫然と職場でパソコンいじっている人、これらは明らかに医学的な理由でその労働生産性が落ちているはずです。経済学的にはこれも金額ベースで計算することが可能で、例えば先程の月給200万円のビジネスパーソンが、毎日出社していても体調不良を我慢して仕事効率が四分の一になっているとすれば、前述と同じ50万円分の経済的な損失となるのです。こうした隠れた経済的な損失が年間で数兆円規模もあるとも言われています。ビジネスクリニックはこのアブセンティズムやプレゼンティズムに介入できる余地が大きく、こうした労働生産性の高い人たちが通常の病院のように半休の3時間をかけて医療機関を受診することなく、的確かつ最小の労力でパフォーマンスを元に戻すような治療を受けられる事は、患者個人の健康というレベルを超えて企業や社会的な経済に対する価値が非常に高いと言うことです。こうしたメインターゲットとなる人々の特徴を学術的にもきちんと把握した上で、この若い世代の医療難民という社会的な課題に介入すべきだと考えています。
いつでも、気軽に立ち寄れ、何でも診てもらえる、コンビニのようなクリニック
医療経済学にフリーアクセスと言う言葉があります。これは2つの意味を持ち、1つは経済的なハードルがなく誰でもどんな医療機関でも受診できるという考えで、もう一つは患者自らが初めから希望する診療科や医療機関を好きに選び受診できると言う意味でも使われます。これは世界でも類を見ない日本特有の医療政策上の優れた点であるのですが、一方で医療機関の内部は極めて保守的な縦割りの構造が戦後より今も変わらず続いていることもまた事実です。これは制度では介入しきれないヒエラルキーの歴史でもあります。なぜこのような医療機関の保守的な行動が変わらないのかと言うと、医療がいまだに提供する医療者側の視点で成り立っているからです。例えば整形外科の病院は、整形外科の問題であれば診るから来てくれて構わないが、それ以外の体のトラブルはわからないので相談されても知らないよと言うスタンスです。本来医療も他のサービス業と同様に、利用者側の視点で提供されるサービスが定義されるべきです。他の業界では当たり前のことですが、医療業界ではこのように利用者側つまり患者側の視点で医療を提供している病院はほとんど見当たりません。ビジネスクリニックはあくまで利用者である患者の視点で、クリニックを利用するメインターゲットが必要とするものであれば、内科であっても外科であっても、皮膚科であっても、あるいは予防医療や元気になるためのサポートであっても、医学的な適用よりも会社の要求や制度上必要とされるものであっても、提供すべきだと考えています。患者のニーズに寄り添うこと、患者が必要とするものであれば医療の本質を外れない範囲であらゆるものに対応できるよう努力すること、これがプライマリケアクリニックのあるべき姿とだと考えています。医療業界においてコンビニと言う言葉は、コンビニ受診のようにネガティブに使われることがほとんどなのですが、ここに一石を投じるために簡略的にコンビニクリニックと言う言葉をわざと前面に打ち出しています。なんでこんな言葉を使うのかと知り合いの医者には何人からも聞き聞かれましたが、あるべき姿を端的に表したなんともわかりやすいキャッチフレーズだと思い今も使っています。ちなみに商標登録を出して審判まで持ち込みましたが、最終的に商標取得出来ませんでした。
外国人のビジネスパーソンや観光客は医療難民
これは言葉の通り、都会型のプライマリケア学会クリニックは、インターナショナルであるべきだということです。当然ながらビジネス街には多くの外国人が働いており、それには外資の企業も国内の企業ももはや関係がありません。実は日本は移民や外国人労働者の数では先進国で既にトップクラスの対外的に開かれた国となっていて、ビジネス街はまさにその最前線です。一方子外国人が受診できる医療機関が極めて少なく、他の業界に比べても英語や中国語の外国語対応が著しく遅れているというのが現在の医療業界の現実でもあるのです。観光局のデータでは、海外からの旅行者が日本で医療を受けたいと感じたとき、本来の治療ニーズのうち実際に医療機関を受診できた割合は10%以下と言うデータさえあります。ビジネス街において外国人は医療難民の最たるものなのです。日本の医療機関は、いまだにこの外国人対応の意識が低く、他の国際都市に比べて、特にこの医療業界での国際化は明らかに遅れています。そしてこのことは優れた外国人の人材採用や外国資本の獲得において、日本のリスクだと考えられていて、これが日本を避け中国や韓国の国際都市へ人材や資本が流れる原因の1つとなっていると言われています。その意味でも外国人にきちんとした医療提供できる医療機関が存在することは、社会的な価値を生み出す大きな力なのです。
ではどのようにしたら外国人を受け入れられる医療機関になるのでしょう。現在日本にあるインターナショナルクリニックと言われている医療機関のほとんどが勘違いをしているのですが、一部の通訳者や医者だけが英語を操りそれで医療機関として外国人の受け入れを行っても、はっきりとそれでは不十分です。これは非常に非効率でかつ容易にキャパシティーに限界を迎える方法です。私の考えるインターナショナルクリニックは、全スタッフが英語や中国語などの外国語を操り、外国人の患者さんが電話で問い合わせをしてくる時点から、クリニックに入って初めに質問をする内容、受付をするための個人情報のやり取りや診療はもちろん、検査や処置等の説明を受けるプロセス、そして現金を持ち歩かない外国人がキャッシュレスで支払いを完了する、もしくは保険会社や企業に請求するための外国語での診断書や請求書の作成、その後の薬の受け取りや医療費の請求までの全てが外国語で完結される必要があると考えています。診察が英語でできたところで、外国人が医療を受けられるプロセスもわずか1つを満たしただけに過ぎないのです。私たちのクリニックでは外国人が受診する全てのプロセスを洗い出し、これを全て外国語対応することを意識して運用体制の構築やスタッフの教育を行っています。最近ではこうした環境で国際的な経験を積みたいと応募してくる医師や看護師、受付のスタッフも少なくありません。他には負けないインターナショナルな環境整えることで、それが働く職場としての魅力にもつながっているのです。
Inbound・Outboundともに都会では渡航や移動のリスクあり
この渡航医学の分野は、開院当初から開拓したいと常々思っていたのですが、想像以上に都会において需要が大きいことがわかってきました。これもビジネススクール時代に、同期生たちが海外留学をすることになった際に、留学先の国や学校から求められるワクチンや英文診断書を受けられるところがどこにもないと相談を受けたことがその始まりでした。当時確かにいくら探しても都内には老舗と呼ばれるトラベルクリニックが3つか4つあるのみで、どこも予約は1ヵ月待ち、値段や接種までのプロセスは一切公開されておらず、英文診断書は1通2-3万円もかかり所要2週間と、極めて独占的で閉鎖的な領域だと感じました。医学的にはまさにニッチな領域だったのです。しかしここもプライマリケアの視点から見れば、このような予防医学こそオープンでアクセスしやすく皆が予防医療を享受できるべきであるというのが私の考えです。よってこの領域に風穴を開けるべく、ワクチンの値段を全て公開し、予約不要で相談に来た当日から接種が可能、英文の診断書も可能な限り即日発行、最短の日数でかつリーズナブルな金額で提供できるものを打ち出しました。これはまさに業界初のことで、4年経った今でこそビジネス街に開院する多くのクリニックが渡航ワクチンを扱うようになっていますが、当時は唯一無二のサービスといっても良いものでした。それでも初めはなかなか利用してもらえる患者数が伸びませんでしたが、ひとつひとつ輸入ワクチンを導入し、ガイドラインを整え、取り扱いのできるワクチンや国の要求をコツコツ増やしていくことで、ビジネスクリニックの中の大きな柱に成長しました。そしてこの領域はこれからもまだまだ成長の余地があると考えています。内部的には、他の医療機関では学べるところがほとんどないほど専門性が高いため、渡航医学を学びたいと門を叩く医療者が次々と増えていますし、複雑で専門的な内容を皆で学習することで学ぶ喜びや自らのスキルアップにつながっているという実感も得られます。そして何よりプライマリケアの重要な考え方である、予防医学の最たるものでもありますので、この分野の普及はクリニックが目指すべき方向性にピッタリと合致しているのです。
気軽に相談、検査・治療方針の決定から振り分け紹介まで
最後に働く人々の企業に行う専門的な医療相談(メディカルコンサルティング)は、今後大きな可能性を秘めた成長性の高い柱です。これはビジネス街で働く患者個々の健康相談にとどまらず、出張のワクチンや特定の検査を依頼してくる企業への専門的な情報提供、または産業医としての働く人の労働環境をサポートすることもこの領域と言えるでしょう。また周囲の医療機関に対するコンサルティングも内包しています。ビジネス街でプライマリケアを実践すること、働く人たちが求める医療ニーズを提供すること、そこで必要とされるサービスのノウハウや都会型プライマリケアで求められるものの全てを調べ上げてパッケージとしてまとめてガイダンスすること。あるいはテレビや記事などの取材を受けて世の中の注目される医療トピックに正確な情報を発信することもビジネスクリニックの目指す方向だと考えています。繰り返しになりますがビジネスクリニックは目の前の患者をサポートすることを第一としますが、さらにはその背景にある企業やそこで働く組織全体を包括的に捉え、上位概念としては地域における経済活動や、社会が求める医療ニーズに応えることでその地域ごと価値を高めていくことができるよう、広く高い視点を常に持ち続けて日々の活動に取り組みたいという信念を持ち続けています。
(各タイトルをクリックすると詳細な内容が表示されます。)
自分のためではなく、患者さんのため、同僚のため
社会貢献とプロフェッショナルの意識を持って
感情的にならず、仕事はいつでも理性的に判断するべき
聞き上手になること、包容力を持つこと、コミュニケーションを取ること
言われたことをするのではなく、自分が今やらなければならない
社会人として恥ずかしくない振る舞いを、規則は言われなくても守るもの
知識と経験をいつまでも追求し、成長し続けたい
良いことも悪いこともすべては解釈次第、前向きな人に幸運は集まる
いつでも新しいことに挑戦して欲しい、偏見と保守的な考えを捨てよう
誠実であること、責任を持つことで、初めて信頼を得られる
問題の本質を見極め、理論的に原因を追求し、自分で決める
計画力と行動力を以て、0から1を創り上げる
チームの一員として協調しながらも、自ら判断し行動できる
いかなるときも、成長への意欲を燃やし続けて欲しい
この道の先に何があり何を目指すのか、思い描き一歩を歩み出そう
組織にとって一番大切なもの、迷ったら立ち戻るところ
勤怠の安定は、最も重要な労働者の義務
組織とチームの一員になるために
思い入れのある職場で活躍したい
医療を以て社会に貢献すること
2016年1月作成(東京ビジネスクリニック創業時)